2022.06.28

「コーヒーとそば粉のパンケーキ」キャンプツーリング徒然 by 内田一成 第6話   

ツーリングマップル中部北陸版担当の内田一成さんによる、キャンプツーリングコラム。アウトドアやオートバイとの付き合いが長く、バイク誌・登山誌などでも活躍してきた内田さんの、キャンプツーリングにまつわるさまざまなエピソードをお届けします。今ではあり得ないような無茶な企画バナシに始まり、自然との対峙の仕方、焚き火や料理、ギアや各種ノウハウなど、多岐にわたるお話は、どれも興味深いものばかり。読めばきっと、外に出たくなるはず。 ※当コラムは2015年にツーリングマップルメールマガジンで配信されたものを再編集したものです。記事中の情報等は当時のものになります。

著・内田一成

キャンプとは切っても切れないコーヒー。そしてパンケーキ


ぼくは高校時代からレギュラーコーヒーを淹れて、一日5,6杯は飲んできたので、たとえキャンプといえども、本格的なコーヒーを飲まないと始まらない。だから、キャンプツーリングのときも、自分で焙煎して挽いた豆と、キャンプ用のパーコレーターかドリッパーを必ず装備に入れている。 20代の終わりの頃からは、朝食によくそば粉のパンケーキを焼くようになった。香ばしいそば粉のパンケーキとコーヒーはとてもよくマッチして、朝のひとときがとてもリッチな気分で過ごせる。 あるときは、キャンプ地のまわりに野いちごが群生しているのを見つけ、それを両手いっぱいに摘んできて、ジャムを作り、それをそば粉のパンケーキにつけて食べた。これはもう、ぼくのキャンプライフの中でダントツの朝食ランキング第一位で、そのときは、このキャンプ地が去りがたくて、予定が限られていたのに3日もそこに留まってしまった。

ヘミングウェイの短編が教えてくれたこと


そもそも、そば粉のパンケーキを作ってみようと思ったのは、ヘミングウェイの短編がきっかけだった。 ヘミングウェイが、自分の若い頃の経験をもとに物語を編んだ短篇集の中にそれは出てくる。 『ニックはそば粉に水を差し、手早くかきまわした。そば粉がコップ一杯、水もコップ一杯の割合だ。  缶から脂の塊をすくいあげて熱したフライパンに落とすと、フライパンの底で音をたてて踊りながら溶けていった。  煙の立ち上がったフライパンに、練ったそば粉をそっと流し込んだ。それは、脂を跳ね上げながら溶岩のようにフライパンの底に広がっていった。  フライパンに広がる練ったそば粉は、周辺から徐々に固くなって、茶色に変わり、縁取りがぱりぱりになってきた。上部全体はゆっくり泡立ち、やがて無数の気孔ができてきた。  フライパンを左右に小さくゆすると、フライパン面からケーキ裏面がはがれた。ニックは「つぶして折れ曲がったらだいなしだ!」と思い、準備しておいたホーク状の木の枝をケーキの下へさしこみ、くるりと裏返した。フライパンの底でケーキがまた、ぱちぱち音を立てた。  出来上がったケーキを取りだし、ニックはフライパンにもう一度脂をひいた。練り上げたそば粉を全部つかって、大きいケーキと小さいケーキが一つずつ出来上がった。  ニックは大きい一つと小さいケーキ一つに、りんごジャムをぬって食べた。  三つ目のケーキにもりんごジャムをぬり、二つに折って油紙に包みシャツのポケットに入れた』 若い頃のヘミングウェイをモデルにした主人公ニック・アダムスが、キャンプの朝を過ごすさりげないシーンなのだが、なぜかとても心に残り、自分もソロキャンプの朝にそば粉のパンケーキを試したいと思った。そして、これを試すとやみつきになってしまったというわけ。 生卵があるときは、フライパンでベーコンエッグを焼き、まだ黄身が半熟のうちに焼きたてのパンケーキを載せて、ひっくり返す。そして上から押しつぶす。食べるときは、半分に折って思い切りかぶりつく。これもまた感激的にうまい。 でも、このそば粉のパンケーキは、家で朝食に焼いても、キャンプの時ほどの感動はもたらしてくれない。

「アメリカ開拓時代の空気」が最高の調味料に


「アウトドアでは、何を食べても美味しいんだよ」とはよく言われることで、開放的な風景の中、旨い空気とともに味わう食事は、たしかにどんなものでも旨い。だが、ぼくにとって、そば粉のパンケーキは、アウトドアという環境が薬味として効いているというだけではない。 まだアメリカが開拓時代の雰囲気を色濃く残していた時代の空気がヘミングウェイの短編には滲んでいる。ニック・アダムスがパンケーキを焼く何でもないシーンに惹かれたのは、そんな空気を文章の中に嗅いだからだ。そして、自分でそば粉のパンケーキを焼いていると、心は開拓時代のアメリカに飛んで、その時代の空気がパンケーキの中に封じ込まれているような気分になる。だから、他では味わえない旨さを感じられるのだと思う。キャンプというワイルドなシチュエーションだからこそ、そういうタイムトリップが経験できるのだ。 ちなみに、コーヒーも、はじめはニック・アダムス式に鍋に直接挽いた豆を入れて、これを煮出して飲む西部式で雰囲気を出していたけれど、これは雑味が強い上に、半分くらいはオリが混じって、あまり旨くは感じられなかった。それで、コーヒーのほうは従来通りパーコレーターとドリッパーに落ち着いた。

小説から得られる情報もアウトドアライフをより豊かにする


この連載の第二回のときに、アメリカンアウトドアの世界を日本に紹介した『遊歩大全』のことを書いたけれど、ことワイルドなキャンプに関する情報は、小説も含めてアメリカの作品が圧倒的に多い。 アウトドアのノウハウ本ではなくても、小説の中にもアウトドアの実践的なノウハウを見つけることができる。 今回紹介したヘミングウェイ以外にもたくさんあるので、魅力的なアウトドアライフの1シーンを探してみるといい。そして、実際にキャンプの際に実行してみて、それが、ぼくのそば粉のパンケーキのように定番化すれば、さらにキャンプツーリングが楽しくなってくるはずだ。

関連記事