2020.08.13

私を走らせるもの vol.1 北海道編(1)

思い出の風景、季節の味覚、そして本や映画、音楽などなど、あなたを旅へと誘うものは何ですか? あの頃見た光景が忘れられなくて…。小説に出てきた風景を自分の目で見たくて…。この曲を聴くと無性に旅に出たくなってしまって…。あの人に逢いたくて…。など、時に切なく、時に衝動的に、私たちを旅へ駆り立てる「装置」があります。不思議なことに、ほかの人にとっては何でもないものが、自分にとってはとても大きな影響を与えることも少なくありません。そんな、「私を走らせるもの」について、ツーリングマップル著者陣に語っていただきます。

著・小原信好

~私を走らせる美瑛~ by 小原信好


1988年夏。 「天然のプラネタリウムが見られるよ!」 旅の途中で出逢って仲良くなった女性ライダーを誘った。 「今日から道東へ移動するけど、もしここに戻って来られたら一緒に見ようね」 そう言って、走り去って行った彼女だったが、数日後、本当に美瑛に戻ってきた。 「クマさん!星空を一緒に見ようよ!」 高校生の頃、写真家「前田真三」氏の写真に出会った。美しい丘にポツンと立つ一本の木や、作物がパッチワークのように描く波打つ畑。「まるで海外の様な景色が北海道にあるんだ。いつか行って、この目で見てみたい!」そう思った。 北海道美瑛町は、旭川市の南側に位置する標高500mの町で、十勝岳連邦を望む広大な丘陵地が広がる。丘のところどころには境界線の目的で樹木や防風林が残っていて、写真映えするその風景は訪れる者達を感動させる、大人気のスポットとなっている。 多くの人が「凄い自然だ!」と言うけれど、あの景色は、美瑛の森を開拓してできた、「人間の手による風景」だという事を知っておいて欲しい。 バイクに乗り始めて、最初の北海道ツーリングで美瑛の丘を走った。想像以上のその美しさだった。実際、現地を訪れると、丘を吹き抜ける風が、作物や木々の匂いが、時折、走り過ぎていく農作業車が。五感で感じる何もかも感動的だ。丘に立ちながら「また、ここに戻って来よう!」と誓った。 北海道にハマるキッカケは「美瑛の丘」だったのだ。 私が日本一周を走っていた1988年は、美瑛はまだまだ静かな場所だった。丘をウロウロしているのは旅ライダーくらいで、砂利道も残っているからオフロードバイクのライダーが多かった。1987年にオープンしたばかりの前田真三氏のギャラリー「拓真館」(北海道69D-6)も、来館者は少なくて、館内でウトウトと居眠りができるほどだった。御存命だった前田真三氏とお話できたのもいい思い出だ。 有名な「セブンスターの木」(北海道69B-2)には駐車帯は無く、一日中、木の下で片岡義男の小説を読んだ事もあった。そんな美瑛の丘巡りの停泊地となったのが「かしわ園」(北海道69C-2)である。当時はキャンプが可能だった。 その日も美瑛の丘巡りを終えて「さて、今日の夕食はどうしようか」と考えているところに、彼女は戻ってきた。 「クマさん!約束通り帰って来たよ。まず夕陽を見に行こ!そして、星空、見せてね!」 自分のバイクにタンデムして、まず「マイルドセブンの丘」(北海道69B-3)で夕陽鑑賞。そして星空鑑賞は「セブンスターの木」へ。「セブンスターの木」は丘の天辺にあるので、そこから少し下にいくと凹地になって、周辺の景色と光が遮られ、まるでプラネタリウムのような星空が見られるのだ。 二人で昼間の熱が少し残ったアスファルトに寝転がり、空を見上げた。 「わ~!凄いよ!凄い!!初めてこんな星空を見たよ!」 彼女は声を上げ喜ぶ。 「美瑛まで戻って来て、良かった!ありがとう、クマさん!」 「また、いつか一緒に星空を見よう」 こうして、私にとって「美瑛の丘」は、ただ美しいだけの丘ではなく、思い出の丘となった。 あの約束は、今も果たせていない…。

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